増村 朝子 様 (ふれあい No25 平成19年2月15日発行)

「入院生活の思い出」
昨年春頃より下半身にだるさとしびれ、痛みを感じておりました。私の辛さを取り除いてもらえるのはこの金沢脳神経外科病院以外に無いと固く決心し入院いたしました。診断の結果、「変形性腰椎症」とのことで、手術を受けました。患者と真正面から向き合ってくださった院長先生、専門医の先生方そして暖かく心細やかな気配りで治療に当たってくださった看護師の皆様方本当にありがとうございました。
私は新潟県の最北端豪雪の山寒地に住んでいます。遠いところからの入院でしたが笑顔を貰って帰れた事がなによりの幸せです。そして私は貴病院で素晴らしい体験をしました。病窓よりはじめてみた初日の出。思わず手を合わせて拝んだ元旦の朝。石川県地方の方言でしょうか、ゆったりとした話し方は、ほんわかと心にしみ、どれだけ癒されたことか、多くの患者さんとの素敵な出会い、励ましあった日々は今懐かしく思い出しております。雪が消え、春になったらこの笑顔でお訪ねしたいと念じております。
吉村 龍造 様 (ふれあい No24 平成18年11月4日発行)

「入院生活を終えて」
私は3年ほど前から両上肢内側の痛みが続き、昨年地元の病院で手術を受けたのですが、術後なかなか回復せず、1年が過ぎましても痛みが増すばかりでした。それで、他の病院で金沢脳神経外科病院を紹介され、診察していただいた結果「頚部脊柱管狭窄症」と診断され手術を受けました。
手術は首後方を切開し、セラミックを用いて脊柱管を拡大する「拡大椎弓形成術」という手術を行っていただきました。術後1日間は首の手術のため身動きが出来ませんでしたが、徐々に回復し手術後2週間という速さで退院する事が出来ました。
術後3週間経った現在は、おかげさまで腕の痛みも少しづつやわらぎ、毎晩熟睡する事ができるようになりました。佐藤院長はじめ、山本副院長、看護師の皆様方には大変お世話になりまして、本当にありがとうございました。
匿名希望 (ふれあい No23 平成18年8月10日発行)
「MD手術を受けて」
私がこの病院にお世話になろうと思ったのは、MD法による手術が実施されていたからです。 一般的な切開する手術では、回復するまでに2ヶ月ばかりかかると聞いていましたので、手術するなら顕微鏡学的な方法と思っていたのです。 ちょうどその時、職場のご主人がこちらの病院で手術し、10日目で退院されたと聞き、早速予約させていただきました。 手術した翌日の11:00過ぎにもう起き上がることができ、自分でトイレに行きました。 本当に手術したのか信じられないほどでした。一日一日回復していきました。 佐藤先生はじめ竹内先生、病棟師長看護師のみなさま大変お世話になりました。本当にありがとうございました。
久野 誠 様 (ふれあい No22より 平成18年4月20日発行)
「職場復帰できた喜び」
私は、建築板金業を営んでおります。現在、息子が三代目の修行中の身ですから、まだまだ現役を退くことはできません。
そんな私が、ここ数ヶ月間、首から肩、背中にかけて凄いコリと痛みに悩まされていました。若い頃であれば、少々の痛みも我慢できましたが、年齢が五十半ばにもなるとそうはいきません。ついには痛みに耐えきれない状況になってしまいました。幸いこちらの病院に勤める従兄弟から専門だからと受診を勧められ、院長先生の診察を受けることにしました。先生から「頚椎のこの部分のヘルニアですが、手術をすれば痛みが取れますよ。」と、MD法の手術説明を聞きましたが私の本心は、手術に対する不安でいっぱいでした。私のイメージでは、大変な手術だと思いこんでいたからです。しかし、手術の麻酔から覚め、聞くと驚きました。手術時間は90分で、出血量は、わずか6tだったそうです。手術のその晩は、まだ痛みがあり、術後の後遺症など不安に悩みましたが、翌日には、歩いてトイレに行くことができました。痛みは、日に日になくなり、これまで痛みを我慢してきた私は何だったのだろうと思います。
ヘルニアで悩んでいる多くの人達にこのMD法という手術法を知ってもらえればと思います。私にとって、早く職場復帰できたことが最大の喜びです。院長先生、そして担当してくださった梅森先生や看護師の皆さんに感謝の一言です。大変お世話になり誠に有難うごさいました。
島 智信 様 (ふれあい No21より 平成18年1月31日発行)

「MD法による脊柱管狭窄症の手術を受けて」
私が手術を受けたのは平成16年6月でした。それまで10年近く腰部と足の痛みで鍼灸接骨院での電気治療と鍼灸治療を受けておりましたが、全くよくならず紹介状を持って総合病院の整形外科へ行きブロック注射と投薬治療を受けましたが効果がなく、たまたま家内が足の骨折で入院治療を受けた個人の整形外科クリニックの先生に一度診て貰ったところ脊柱管狭窄症で足の神経を抑えているとのことでしたが治療は牽引と電気とアクアラック(マッサージ機)に、時折ブロック注射も受けましたが、騙し騙し我慢している状態でした。そんな折知人から金沢脳神経外科病院が最適だと紹介を戴き早速受診しました。MRI等種々検査の結果、脊柱管狭窄症と診断、院長先生より傷口が小さくて短期間で快復するMD法の手術の説明を戴き直ぐに手術を受けることを決断し、一週間後に手術を受けました。
手術は順調に進んだようで、目が覚めたら集中治療室で家内が顔を覗かせたので驚きました。術後は傷の痛みもなく病室のTVで百万石行列を観たりして過ごしました。10日余りで退院しましたが、全く痛みもなく1年余を経過した今日も快適に過ごしております。もっと早くにこの手術を受けていればよかったと痛感するとともに紹介して下さった方や院長先生を始めお世話戴いた病院の皆様に心から感謝しております。
脊柱管や腰椎々間板ヘルニア等に悩んでおられる方に早期にこのMD法手術を受けられ快適な日々を過ごされることをお奨めしたいと思っております。
榎本 紀子 様 (ふれあい No20より 平成17年11月15日発行)

「MD法手術を体験して」
私は、何年も前から左の肩から腕に掛けての痺れや、重い肩こりに悩んでおりました。その度に整骨院や整体などに通い体をほぐし、一時の痛みを忘れる事を続けておりました。いったいこの痛みは何だろう、何をしてももうこの痛みは治らないのかと半ば諦めかけていたところ、知人から、その原因はもしかして「頚椎からきているのでは?」と言われ、一度診て貰ってはと「金沢脳神経外科病院」を紹介されたのです。私は、この痛みの原因が頸椎が原因なのかと考えてもいなかったし、正直言って半信半疑の状態で金沢脳神経外科病院を訪ねました。
病院で診てもらったところ、やはり頚椎椎間板ヘルニアと診断され、この時初めて佐藤院長から「MD法」による手術の説明を聞いたのです。佐藤院長によれば、MD法手術とは約2pという非常に小さな皮膚切開を行い、顕微鏡を使用し、拡大した立体的モニターを見ながら安全にヘルニアを切除するという体に優しい手術だということでした。また、この手術を導入している病院は国内でもまだ数少ないとのことでした。
私は体に優しい手術であること、手術時間も短く、術後翌日から歩行可能であると聞き、安心な手術であるなと思いましたが、しかし、何と言っても初めての手術であり、やはり不安はありましたが、ここは思い切って先生にお任せしようと決心し、MD法による手術を受けることにしたのです。
手術は予定通りに進み何のトラブルも無く無事に終わりました。術後の状況でありますが、あの肩から腕に掛けての痺れや肩こりはうそのようになくなり、佐藤院長の手はまるで魔法の手です。あんなに毎日痛みとの戦いの中私は魔法にかかったような気持ちでした。何か夢を見ているような、やさしい感覚を覚えました。
私は、現在の状況を本当に不思議に感じながら、もっと早くにこの方法による治療をやっていればと思う毎日であります。また、私の他にも同じような苦しみを感じている人が一杯いるんではないかと思い、もっとこの方法による治療法を広く紹介し、私と同じように苦しんでいる人が一人でも多く早期に社会復帰ができて、一日でも早く元の明るく元気な日常生活が送れるようになればと願っております。
宮岸 清衛 様 (石川県喘息友の会「わかば会」機関誌 わかば No304より)
「腰痛手術 顕微鏡下で行う腰椎椎間板ヘルニア摘出術(MD法)経過と症状」
2004.12中のある日、雪に備えて、自家用車のスノータイヤを取り替えるためタイヤを持った時、ギクッと腰に激痛が走った。正月もビッコ、歩き方は猿の惑星の猿のように腰が伸びない、夜は仰向けに寝られない、20mも歩くともう歩けない、だんだん悪くなる。城北病院の整形外科でMRI等の検査をした結果、新たに大きなヘルニアが判明した。色んな治療を試みたが痛みは取れない。あせった、本も読んだ、ネットで探した。我が家の近くに石川県でただ一つの脊椎専門外来がある金沢脳神経外科病院。診察予約をしたが2週間後、城北病院の整形の先生に紹介状をお願いして、2月25日に脊椎専門外来で院長の診断を受けました。
診断 病名 腰椎椎間板ヘルニア 右L3/4
(L2/3とL4/5は過去に腰痛があったが今は支障軽微なりと判断)
3月4日(金)入院、夕方、院長から30分以上も手術について説明を受けた。手術のため検査では、気管支喘息・低血圧・貧血があります。呼吸器系については1秒間に出せる呼吸が少ないです。(59%)手術、麻酔は出来ます。検査で動脈からの採血は初めてでしたが腕の最深部に針を垂直に立てての血液採集は見事なものでした。私はアルコールで喘息になります、アルコールで皮膚が赤く腫れます。それでアルコールを使わない手術を受けた。
また、麻酔科の先生の説明は手術にいっそうの安心感を与えてくれました。勿論清水先生からは酸性解熱鎮痛剤の禁止、とアミノフィリン、オルガドロンが喘息治療として効果ありの添え書きも渡しました。もう一つ、手術室に入る前に長い靴下(コンプリネット)をはきました、これはエコノミークラス症候群(深部静脈血栓症)の予防の為だそうです。飛行機のファーストクラスよりも幅広い病院のベットで長時間動かないこと、によって多発している病気だそうです。7日(月)手術はMD法で約2pの小さな皮膚の切開を行い、顕微鏡下で拡大した立体的なモニターを見ながらの手術をうけました、縫合しないため切開痕はほとんどありません。手術時間は1時間程でした。
夕方目が覚める、呼吸がおかしい、喘息か?いや違う・・過呼吸だ!!麻酔科の先生がいっしょに、大きな呼吸をと、はい大きく吸って、はい・・・とまもなく、おさまり、お茶を少し飲んで、ラジオのスイッチを入れて、朝までぐっすりと。尿管パイプをやさしい看護婦さんに外してもらい、歩いてトイレへ、背中まっすぐ、垂直に立って歩ける、6階病室を2回も歩き廻った、嬉しかった。でも先生に叱られた、動くと脊髄内の直りが遅れるぞ!!しまった、あとのまつり。このためかリバウンド(刺激過敏状態)が起こり、ステロイド注射をしても、良くならず、入院が4週間にもなりました。
4月1日退院、まだ痛い。現在(8月)日常生活にはほとんど支障はありません、白山登山は遠慮しました。まだ自身がありませんでした。
金沢脳神経外科病院は診察、手術、看護等の体制が他の病院よりきめ細かです、院内では改善活動(QC)もあり、職員も活発です。
広田 貢さん(四国高地の方で、喘息大学やゼミナールの時ビデオを撮影している人)も金沢脳神経外科病院でMD法による「腰部脊柱管狭窄症L4/5」手術をして2週間で完治、退院して満足しています。広田さんは私と同じ69歳です。歩くことや座ることが困難で途方にくれていましたが今は青春を取り戻しました。9月には四国からもう2人の方が金沢へ腰痛の検査に来るそうです。
能松 泰蔵 様 (ふれあい No17より 平成17年2月1日発行)

「 さらば腰痛 −MD法による腰部脊柱管狭窄症手術を受けて−」
腰痛とのつきあいは20年以上になる。ぎっくり腰を繰り返し、歳と共に回復が遅くなった。腰痛ベルトは軽・中・強と三種類も準備し、痛みの程度に合わせて巻いていた。一昨年の秋、今まで経験したことのない激痛としびれが腰から足先を襲った。近くの病院に通院しながらも完治の方法を探った。そんなとき、インターネットで当院のMD法による腰部脊柱管狭窄症の治療を知った。「脊椎専門外来が脳神経外科病院に?」と思いながらもさっそく電話した。高性能のMRIによる鮮明な画像と院長先生の説得力ある説明により、初診で手術を決意した。そして、執刀医の院長先生をはじめ、麻酔担当医、看護師さんの丁寧な説明と笑顔の対応で全く不安を感じることなく、手術を終えた。翌日には自力歩行ができ、リハビリ担当の技士さんに歩行訓練や体調管理の方法を教わり、10日目に退院した。術後、5ヶ月が経過したが、腰の痛みや足先のしびれはまったくない。
下野 久雄 様 (ふれあい No15より 平成16年8月1日発行)

「いい先生に出会えて」
「下野さん手術終わったよ、もう痛くないよ、大丈夫だよ。」術衣姿の院長先生のめがねが優しく語りかけてくれた。二十数年の苦痛から解放された瞬間である。思わず有難うございましたと言葉が出た。続いて"お父さん"と妻の顔が大写しに、ほっとした。家族の顔が脳裏に浮かんだとたんに涙が。
思えば他所でヘルニアと診断されたが、右足のシビレ、傷みが強くなり我慢しきれなくなって、医療情報を求めた日々。インターネットでヘルニア治療の当病院を知り、6月10日に入院、即日院長先生より診断が下った。
「重症ですね、手術すれば痛みが取れますよ、なおしましょうね」院長先生のその一言に大きな力をいただいた。十六日、院長先生によるMD法手術、術後の痛みも少なく、寝返りしてもいいですよに驚く。
そして今、あの時の苦痛がうそのように無くなり歩行のリハビリ中です。
当病院で驚いたこと、その一つは、(財)日本医療機能評価機構認定病院であることです。 500からなる審査項目を全てパスするには、大変な苦労があったと思います。県内にこんなに高度で患者思いの病院があったことは、大変有難く敬意を表さずにはおれません。
加えて、地域医療の先端として、280の医療機関とのネットワークの展開は地域民にとってなんと心強いことでしょう。そして診療の質の充実はもとより、年間280件の手術実績、救急搬送年間491件救急隊員に対する救急症例検討会の定期開催、高性能医療機器の導入等、当病院がいかに地域を考え、地域に密着しているかを感じさせられます。
これひとえに、院長先生の「患者の心を我が心とする」まるで菩薩のような優しさと、医療に対する情熱、卓越した医療技能と先見性により実現できたものと思うのは私だけでしょうか。
佐藤秀次院長先生に感謝、感謝。
最後にお願いですが、医療ネットワークを能登地区にも広めてください。宜しくお願い致します。
うらた医院 院長 多田 研三 先生 (ふれあい No13より 平成16年1月30日発行)

「腰痛に罹って思う」
日頃より自分は健康で異常は無いと思っていたのですが、何とかの不養生と言いますか、ある朝、腰を曲げた時に経験した事の無い激痛が腰から右足に走りました。
その痛みは持続し、日常生活が制限され仕事にも影響するため、金沢脳神経外科病院を受診しました。腰MRI等の検査の結果、腰椎椎間板ヘルニアと診断され、治療法として手術浸襲が少なく、入院期間の短い、「顕微鏡下腰ヘルニア手術」を受けました。
術後3日目に退院許可を頂き退院し、外来に2回術創部処置のため受診しましたが、2回目の受診にて治癒となりました。術前の痛みと痺れは術後殆ど無く、創部の痛みが主で痛みも日一日と軽減し、1回目の外来受診時には日常生活に支障無く1週間で仕事復帰が出来ました。入院中、院長先生、主治医の先生始め、看護師の皆さん、其々の職域の方の温かい言葉、真摯な態度、笑顔で心を癒され、退院後も患者さんやスタッフの心のこもった言葉を頂き、心やさしさに改めて感謝申し上げる次第です。
匿名希望 (ふれあい No10より 平成15年4月30日発行)
「MD法による腰ヘルニア手術を受けて」
腰ヘルニアのため本院へ入院しました。入院当時は主に左足のしびれだけで腰痛はありませんでしたが、それまで何度もひどい腰痛を繰り返していました。手術に際しては、病状と手術内容について詳しい説明があったため、何の不安もなく手術を受ける事が出来ました。手術後は翌日から歩く事が出来たものの、傷口の痛みに加え腰痛があり、まっすぐ立てない状態が続きました。左足のしびれは少しずつ良くなって行くものの、腰痛が収まらず不安な時期もありましたが、 2週間を過ぎた頃から腰痛も除々に収まり、1ケ月後退院する頃には、腰痛もほとんど無く、しびれもかなり無くなりました。腰痛が今後再発しないか多少不安はありますが、傷跡も目立たず本当に手術をして良かったと思います。
修田 裕子 様 (ふれあい No10より 平成15年4月30日発行)

「MD法による腰ヘルニア手術を受けて」
私の場合は、出産をしてからでしょうか。ギックリ腰のくり返しで「腰は寝て治す」で11年!!今年の1月には、もう二度と歩けないのではと思う激痛が10日程続いた後シビレがきました。感覚の麻痺もあったのか、私の足の上に子供の足が乗っているのが分からなかったのには、ショックでした。知人に「金沢脳神経外科で腰痛、坐骨神経痛、ヘルニアも診てくれるヨ」と言われ、正直「えっ?」と思ったのですが、足を運んでみました。診察で、ヘルニアは神経の病気!と聞き納得!私自身「りっぱなヘルニア」でした。手術も十分の説明と十分の納得があったためか、全く不安が無く、術後の痛みも、これまで痛い痛いと寝込んでいた時より楽でした。次の日から歩行もできたので本当にびっくりしました。シビレも取れて行くのが日々分かり嬉しく思えます。傷口は言うまでもありません。院長先生を始め、主治医の先生、看護婦さんには、本当にお世話になり多々御迷惑おかけした事と思います。今後自分の体を大切にして行きたいと考えております。ありがとうございました。
岡野 理恵 様 (ふれあい No9より 平成15年1月30日発行)

「MD法による腰ヘルニア手術を受けて」
私はヘルニアで入院していました。お母さんにこの病院につれてきてもらったとき、私はうつ伏せになったまま、起き上がることすらできず、かなりの激痛が左足全体にあり、私は、身動きがとれないままただ大泣きしていました。MRIもまともにとれないほど、少しもじっとしていることができませんでした。
入院してから、薬で少しは楽になっていたけれど、夜はまともに眠ることができず毎夜、座薬を入れていました。それでも左足の激痛は治りませんでした。
しかし、手術をしたあとはうそのように痛みが無く、私は、手術を終えて1日もたたないうちに集中治療室から自分の病室まで歩いていくことができました。最初、私は手術をするのがすごく嫌でした。傷もつくし、手術とか初めてだったから・・・でも、先生たちのおかげで傷口もとても小さくわずか2cmですんだのでとてもうれしかったです。手術も全然こわくなくて、安心してうけることができました。
柳瀬 千恵子 様 (ふれあい No8より 平成14年10月28日発行)

「いつも心は元気で」
私がこの世に生を受けてからは、誕生の時に病院にお世話になり、成長してからは怪我をし、かぜを引き、高校では腹膜炎で入院しました。金沢脳神経外科でパーキンソンの治療を受け何年になるでしょうか。真剣に治療して下さるお医者様、優しく接して下さる看護婦さん、スタッフの皆々様、人情に泣ける日々もありまた。 「1つーつの病気」から多くのことを学び、多くの入々から教えて下さった口感謝の心」、私に出来る恩返し、ふと目にとまったのが「障害者と健常者の集い」で、参加させていただき一生懸命」に頑張る姿に心打たれました。以来、施設ヘボランティアへ行き、もう3〜4年はたったかと思います。 「人間生きるには、病気になります」でも一番なりたくないのは「みにくい心の病気」です。多くの人々から学ばせていただいた事を忘れず「二度と来ないこの一日一分を大切」にして、出会いが出来ることを願い命のままに生きて行ければ幸せと思っています。
中田 博 様 (ふれあい No7より 平成14年7月29日発行)

「生きている喜び」
脳梗塞、不整脈、高血圧、糖尿病、これらが私の病名です。平成元年、当金沢脳神経外科病院に入院。以来今日に至るまで、ご厄介になっております。佐藤院長先生、梅森部長先生の適切なご処置により、健康体の方達と同じような生活をさせて頂いております。これ一重に当病院の皆様方のおかげと喜び感謝申し上げております。
私、八月に八十歳になりま.す。八年前に妻を亡くし、以降独身生活を営んでおりますが、辛いと思わず、時代の波に押し流されないよう心がけております。 『入生は歳月を重ねて老いるのではなく、理想を失うとき老いるのだ』この言葉を座右の銘?として白分を戒め、他入に迷惑をかけないよう努力し頑張っております。出会いに感謝、仕事に感動、笑顔で元気におかげさまと、グランドゴルフで体を、推理小説で頭を鍛え、日々好日と毎日を楽しく生きている喜びを味わっております。
中島 昭夫 様 (ふれあい No6より 平成14年4月26日発行)

【私の人生】
私は昨年還暦を無事に過ごしました。想えば二十四歳、昭和三十九年、東京オリンピックの年に交通事故で右膝蓋骨骨折、骨盤骨折で三百六十五日の入院生活の後社会復帰しました。しかし身体障害者手帳を手にした時、自分は障害者として納得するまで数年の時間が必要でした。以来会社員として白分は障害者と想わないで、一人の健常者として一生懸命に務めました。しかし、五十五歳の春、農作業中に、脳内出血で倒れ、当金沢脳神経外科病院に入院しました。以来、山本信孝先生に大変お世話になりました。白分には「お米作り」に対して特別な想いがあり、早く病気を治して農業をしたいと毎日リハビリに歯をくいしばって、気力で病気に勝つと自分自身に言い聞かせました。しかし左上下肢機能の著しい障害が残りました。人間は不思議な動物です。白分にはもう一度、農業したい一心で病気に打ち勝ち、退院して本年で六年目の春を迎え、春作業の準備をしている今日此の頃です。これからも農業を楽しみます。
高木 昌喜 様 (ふれあい No5より 平成14年1月28日発行)

【ノンキな爺ちゃんの寝言】
余り好きになれない病院も長らくお世話になっていると愛情が湧くから不思議なものである。
金沢脳神経外科病院が「日経ビジネス」において療養部門で全国561病院の中で第21位の評価を受けたことは創立20周年中の病院の快挙であり何だか我が事のようにホカホカと嬉しくなったものである。
世の中は成るようにしか成らないものである。逢うだけの事は逢わねば事が済まない。何の為にもならぬ心配をするよりは「人事を尽くして天命を待つ」の精神で病気は病院の温顔溢れる先生方と、笑くぼも可愛い神の心にならねば出来ない献身の看護に励む彼女達にお任せして良い事のあることを信じて明るく六階の展望を楽しめばスッキリ万才である。
【ボケ川柳】
病院の窓へ5度目のサヨウナラ
出る咳を叱りリハビリ参加する
看護師の温いお手手を有難う
小春日は馴染みの鳩も高く舞い
看護婦が笑へば患者皆笑い
病院のお風呂に命、伸ばす幸
まさき |
若杉 和子 様 (ふれあい No4より 平成13年10月29日発行)

1987年3月25日朝、突然脳内出血で倒れ、金沢脳神経外科病院で手術。治療、リハビリで一命をとり止め回復しました。
院長先生始め諸先生看護婦さん、リハビリの先生と皆々様心のこもった手厚い看護に、もう一度再生の希望と喜びを与えられました。退院後14年半、多少の障害は有りますが、 元気に社会人として楽しく過ごして居ります。現在信条として、
@感謝 総ての生物の命
A健康 毎日白己流のリハビリ
B趣味 拓本、水墨画、旅行、 読書を楽しむ
C人情に篤く 感謝と喜びを尊ぶ
D安心 家族の安全、世界平和
E希望 大きな目標100歳迄も健康で長生きを
75歳では月日の経つのが速く1日の無駄も惜しいのです。同病の方々もきっと治るとの信念で希望をもってください。当病院は「医者がすすめる専門病院」「日経ビジネス」に優秀病院第21位にランクされています。専門病院として益々のご活躍ご発展をご祈念申し上げます。
東 征男 様 (ふれあい No3より 平成13年7月30日発行)

私は金沢脳神経外科病院に脳内出血でお世話になって20年になります。
先生方や看護婦さん皆々様のご指導ご支援により、お蔭様で仕事をリハビリテーションとしつつも、
先日勤続35年の永年勤続表彰状を片手でしたが受領できました。
金沢脳神経外科病院を退院後、他に浮気せず通院して感じる事を一言申し上げます。
@ホームページや待合室の大型ディスプレイによる情報公開は参考になります。更に発展して健康・福祉関連情報に関し他ヘリンク等も希望します。
Aコーヒー等の自動販売機の容器は紙カップ式が環境負担が少ないのでは。
B募集中のソーシャルワーカーの活躍を大いに期待したい。
C監禁室様の喫煙所の入口戸を撤去し、換気扇で煙の漏れをなくせるのでは。
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