脳血管内治療とは?

脳血管内治療とは、鼠径部(足の付け根)や肘の動脈から挿入したカテーテルを用いて行う治療のことを言います。
脳へ向かう血管は、心臓から大動脈を経て、左右の頚動脈、首の骨に沿って上行する左右の椎骨動脈の計4本の血管からなります。これらの血管は頭蓋骨の穴を通って頭蓋内に入り、脳の表面や溝の間を走行します。開頭手術の場合には、脳組織、脳神経や脳血管を可能な限り損傷せずに手術をする必要があります。脳の表面から非常に深い場所にある血管や、出血などで脳がむくんでいるときなどを治療する際は、脳へのダメージが起こりやすくなります。そのような時に血管の中からアプローチするカテーテルを用いた血管内治療は特に有効になります。
具体的には大腿動脈(足の付け根)から、直径2㎜程度のガイディングカテーテルと呼ばれる太めのカテーテルを挿入し、それを目的の血管の手前まで誘導します。さらにこのガイディングカテーテルの中に直径0.5㎜程度のマイクロカテーテルと呼ばれる細いカテーテルを用いて目的の部位まで到達させ、それを利用して治療を行います。
脳血管内治療の一番のメリットとしては、体にメスを入れる直達手術と違い、頭や首を切開したり、骨を外すことがなく、患者さんにとって身体的な負担が少ない治療です。特に高齢者や全身麻酔ができない方には有効です。

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脳血管内治療の対象

①脳梗塞に対する血栓回収術

主幹動脈(脳内の太い血管)が詰まるような大きな脳梗塞の際に、詰まった血栓を体外に取り出すことにより血管を再開通させます。現在、重篤な脳梗塞の場合の最も有効な治療方法とされています。時間的に制限があり、一般的に発症してから8時間以内が適応とされます。

②脳動脈瘤に対するコイル塞栓術

マイクロカテーテルを動脈瘤内に挿入し、プラチナ製のコイルを充填して破裂するのを予防します。
破裂する前に予防的に行う場合と、破裂した動脈瘤に対して再破裂を予防するときに行います。

③頚動脈狭窄症に対する頚動脈ステント留置術

脳梗塞の原因の一つに頚動脈狭窄症があります。脳梗塞の予防のために狭窄部でバルーンを用いて広げ、さらに金属のステントを用いて拡張を維持し、血流を改善させます。

④その他(脳血管攣縮、脳腫瘍、AVM、AVFなどに対する治療)

上記以外の疾患にも血管内治療が行われます。そ れ自体で根治(治癒)を目指すためのものや、外科 手術や放射線治療の補助的な治療として行われる こともあります。

①脳梗塞に対する血栓回収術

血栓回収術とは?

最近、脳梗塞の治療としてカテーテルを用いた血栓 回収術が話題になっています。血栓回収術が行われ る以前は、急性期脳梗塞治療としてtPA(組織プラス ミノーゲンアクチベータ)と呼ばれる急速に血栓を溶 解させる点滴を静脈から投与していました。この治療 により、発症から3か月後には3~4割程度の人があ る程度自立した生活を送れるようになっていました。

どのような治療を行うのか?

具体的な治療の対象の方は、脳梗塞を発症してか ら8時間以内で、大きな脳血管(内頚動脈、中大脳動 脈など)の閉塞の症例が対象となります。もちろんそ の他、過去の病気や、普段飲んでいる薬、血液検査の 結果などで行えない場合もあります。治療方法として 鼠径部からガイディングカテーテルという直径3㎜程 度のカテーテルを挿入し、頚動脈まで誘導します。そ こからマイクロカテーテルや、血 栓吸引用のカテーテルを閉塞部 位まで誘導し、血栓を吸引器を 用いて吸引したり、ステントリト リーバーと呼ばれる金属のステ ントに血栓を絡ませてステントと 血栓を一塊にして血管から摘出 します。脳梗塞に至る前に血流 が再開すれば、治療直後から麻 痺などの症状が改善することが あります。しかしながら、特に太い血管(内頚動脈など)閉塞によ る梗塞の方にはほとんど効果がないともいわれ、脳梗 塞治療の課題でした。  カテーテルを用いた血栓回収術も以前から行われ ていましたが、なかなか、tPAと比較してよい成績が 得られませんでした。しかし、カテーテル機器の発達 により2014年以降tPAの単独治療と比較して、血栓 回収術がより良い治療成績を出せるようになってきま した。地域、施設により多少の差はありますが、現在で は3か月後の自立生活ができる人は5~6割程度に 改善してきています。

Time is Brain!

脳梗塞の治療はカテーテル治療に限らず時間との 勝負になります。とにかく1分1秒でも早く治療を受 けることが、その後の回復を大きく左右します。脳梗 塞を疑う症状【運動麻痺(目をつむった状態で、両腕 を前にまっすぐ出して、両手を上に向けて10秒保持 できない)、構音障害(ろれつがまわらない)、顔面麻 痺(顔の左右非対称)など】があれば直ちに医療機関 を受診するか救急車を要請しましょう。

救急搬送時のMRI検査

救急搬送時のMRI1と2

図①の矢印で示した白くなっている部分が脳梗塞を起こした所です。この部分を流れている血管に血栓ができたため、脳に血液が供給されず壊死しかかっています。

図②がMRIで撮影した血管です。矢印で示した部分から上の血管が写っていません。ここ で血液の流れが止まっていることがわかります。

術中の血管造影

術中の血管造影

①術前
術前の血管撮影では、MRIで撮 影した写真と同様に矢印から先 の血管が写っていません。

②術中
血栓で詰まっている血管まで血 栓吸引用のカテ-テル等を挿入 し、血栓の吸引、摘出を行いま す。

③術後
血栓が取り除かれたことにより 術後の血管撮影では、術前では 写らなかった矢印から先の血管が写るようになりました。

②脳動脈瘤に対するコイル塞栓術

「脳動脈瘤」と「くも膜下出血」

脳動脈瘤とは、脳の動脈の壁の一部が風船のように膨らんでくる状態です。人口の約2~6%程度の人にあると言われており、ほとんどの人は無症状で一生経過することが多いといわれています。しかしながら一旦、脳動脈瘤が破裂するとくも膜下出血を起こしてしまいます。くも膜下出血を起こしてしまうと1/3の方は、治療の有無にかかわらず命を落としてしまうとされます。また、1/3はなにかしらの後遺症を残すとされ、破裂する前と同じような生活が出来るのは1/3程度と非常に大変な病気です。
破れやすい要因としては、動脈瘤自体の要因と、生活習慣などに起因する要因があります。動脈瘤の要因として、サイズが大きいもの、形がいびつなもの、多数あるもの、脳動脈瘤のある場所(前交通動脈、後交通動脈分岐部など)が挙げられます。
また生活習慣などの要因として、高血圧、喫煙などの方が破裂しやすいと考えられています。大きくなって脳神経の圧迫症状でわかることもありますが、ほとんどは無症状なので、脳ドックやたまたまMRIなどで検査した際に見つかることが多いとされています。たまたま脳動脈瘤が見つかった場合には、脳動脈瘤の要因(大きさ、形、数、場所)と患者さんの背景(年齢、現在の健康状態)などを考慮して、治療するか、様子を見ていくかを決めます。
治療を選択する場合、現時点でお薬などの内科的治療では破裂を完全に予防することは難しく、外科的治療が行われます。

未破裂脳動脈瘤
脳ドックで見つかった未破裂脳動脈瘤の血管造影

脳動脈瘤の外科治療

外科的治療には次の2種類があります。
①開頭によるクリッピング術(頭の骨を開けて脳の溝に沿って走っている動脈をたどっていき、脳動脈瘤まで到達し、チタンという金属の小さな洗濯ばさみのようなクリップで動脈瘤の首根っこの部分を閉塞させ、破裂を予防する方法)
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脳動脈瘤クリッピング術後の3D-CT

②カテーテルを使用するコイル塞栓術(血管内手術)(頭を切ることなく、足の付け根からカテーテルを挿入し動脈瘤内まで細いカテーテルを挿入し、そこからプラチナ製の細くて柔らかいコイルを動脈瘤内に充填し、破裂を予防する方法)
動脈瘤の場所や形などによってどちらが容易であるかなどはありますが、どちらの治療も可能であると判断された動脈瘤に対して、2002年に海外の大規模研究があり、破裂した脳動脈瘤に対して開頭手術とカテーテルの手術を比較したところ、治療成績とその後の生活の質に関して、長期的に見てカテーテルの治療が有効であったという報告がありました。
現在ヨーロッパやアメリカでは脳動脈瘤の主な治療はカテーテル治療となっています。日本では開頭手術の成績が欧米と比較して良好なので、治療の割合は半々くらいですが、最近ではカテーテル治療が多くなってきています。

血管内治療
脳動脈瘤塞栓術中の血管造影

未破裂脳動脈瘤の血管内治療の概要

未破裂脳動脈瘤は基本的には無症状のものがほとんどであり、脳ドックやたまたま検査をした際に発見されることが多いとされています。しかしながら、脳動脈瘤が破裂してくも膜下出血をきたした場合には、生命に危険が及ぶか脳の後遺症を残す可能性が高く、それを予防するためには破裂防止の処置が必要となります。現在のところ、薬物を中心とした内科的治療では破裂を防止する事は不可能で、物理的に脳動脈瘤内への血流を遮断する必要があります。これには大きく二つの方法があり、一つは開頭手術を行い、動脈瘤の根元に特殊クリップをかける方法で「クリッピング術」と呼ばれています。もうひとつは動脈瘤内にプラチナ製のコイルを詰めて動脈瘤を閉塞する方法で「コイル塞栓術(血管内手術)」と呼ばれます。
前者は長い歴史に裏打ちされた確実な治療で、現在でも最も信頼の置ける治療法と考えられています。治療中に出血しはじめた際でも対処が可能である点は、大きな利点です。しかし、次のように不利な点もあります。

【不利な点】

  • 開頭をしなければならず、侵襲が大きい。
  • 脳や血管に直接触れるため損傷のリスクがある。
  • 脳の深部など、部位によっては治療が困難。

これに対してコイル塞栓術では、次にように優れた特徴をもっています。

【優れた特徴】

  • 大腿部の穿刺のみで可能であり、頭を開ける必要はなく、侵襲が小さい。
  • 脳に触れることなく治療が可能である。
  • 脳の深部でも治療が可能である。

もちろん万能ではなく次のような問題点もあります。

【問題点】

  • 治療中に出血などをした場合、対応が困難で生命に危険が及ぶことがある。
  • 治療中にできた血栓や挿入したコイルなどにより、正常な血管を閉塞し、脳梗塞を起こす危険性がある。
  • 治療が不十分な場合、時間がたって再発し、再治療が必要なることがある。
  • 治療法として有効であると報告されているが、歴史が浅いため長期治療成績が充分解明されていない。

このため当院では、開頭クリッピング術と、コイル塞栓術の短所・長所を綿密に検討し、症例ごとに最も適した治療法を選択しています。一般にコイル塞栓術の適応となると考えられるのは次のとおりです。

  • 脳の深部にあり、手術による治療リスクが高い症例。
  • 高齢や、全身状態が悪く、開頭手術に耐えられない場合。
  • どちらの治療も可能であり、患者さんがコイル塞栓術を希望される場合。

血管内手術の進め方

先ず大腿の付け根に局所麻酔を行い、大腿の動脈よりカテーテルと呼ばれる細い管を動脈内に挿入します。慎重にカテーテルを首の動脈まで誘導します。その管の中にマイクロカテーテルと呼ばれる更に細い管を通して、これを脳動脈瘤内まで送り込みます。マイクロカテーテルの中にプラチナ製の細い糸(コイル)を送りこみ、動脈瘤の中で糸を巻くようにして丸めて動脈瘤内を詰め、切り離して置いてきます。コイルは動脈瘤の大きさにより何本も必要とされます。最終的に動脈瘤が完全に詰まったのを確認した後、カテーテルを抜去し、手技を終了します。
症例に応じてコイルを挿入する際にバルーンやステントと呼ばれる機器も併用して行うことがあります。脳梗塞の合併症を防ぐため、治療後血液を固まりにくくする薬を1週間前から内服していただき、手術中も同様の作用を持つ注射薬を使用します。術後は状況に応じて内服や点滴を継続することもあります。
以上は概要であり、個々のケースに応じて、適応や手技を変更する場合があります。
コイルによる塞栓術では、いちど詰めたコイルが少しだけ縮小して、脳動脈瘤との間に隙間ができ、治療効果(破裂予防)が不十分になる場合があります。
このため定期的に検査(血管造影やMRA)を行い、治療効果が十分かどうかを慎重に観察していく必要があります。

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③頚動脈狭窄症に対する頚動脈ステント留置術

頚動脈狭窄症とは

脳へ血流を送る血管には、頚動脈、椎骨動脈が左右1本ずつあります。頚動脈はプラーク(コレステロール)などがたまりやすい部位で、プラークが沈着していくと、血管の内側が細くなっていきます(狭窄)。狭窄が進行すると血液の流れが妨げられ遠位の血流が減少したり、狭窄部で血液の流れが乱れることによって出来た血の塊(血栓)が遠位の細い血管に詰まったりすることにより、さまざまな症状が生じることがあります。症状は血流の障害の程度により様々で、一時的な場合(一過性脳虚血発作など)と、永久的な場合(脳梗塞など)があります。脳梗塞を来たすと、その部位に応じた神経症状(運動麻痺、知覚障害、言語障害、視機能障害など)を呈し、重症の場合には、寝たきりの状態や植物状態、さらには生命の危険を生じることがあります。これらの診断のためには首のMRAや頚動脈エコー検査で診断できます。さらに治療が必要そうな症例では脳血管撮影(カテーテル検査)を入院で行うことになります。

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頚動脈狭窄症の治療法について

治療の目的は狭窄によって引き起こされる脳梗塞を予防することです。方法としては、1) 内科的薬物治療、2) 直達手術(血栓内膜剥離術;CEA)、3)血管内治療(経皮的頚動脈ステント留置術;CAS)があります。内科的治療としては、高血圧、高脂血症、糖尿病などの動脈硬化の原因となる要因のコントロールとともに、狭窄部に起こる血栓症を防ぐための薬物療法を行います。しかし欧米で行われた大規模な臨床試験により、60% 以上の狭窄を有する場合には、外科的血行再建を行ったほうが脳梗塞の予防効果が高いことが立証されています。

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治療方法の比較(利点、欠点)

外科的な治療法には直達手術(血栓内膜剥離術;CEA)と血管内治療(経皮的頚動脈ステント留置術;CAS)があります。CEAは全身麻酔下に狭窄部の前後の血管を一時遮断して血管を切開し、狭窄の原因となっている動脈硬化斑(コレステロールや脂肪の塊)を除去する血栓内膜剥離術が一般的です。しかし、この治療法は全身麻酔が必要なため、心疾患や呼吸器疾患、重症糖尿病などの内科的合併症を持つ患者さんは手術・麻酔の危険が増加します。また、病変部の形や位置などによっては手術の難易度が高くなります。
それに対してCASは局所麻酔下に施行可能であり、内科的疾患を併せ持っている患者さんにおいて、周術期の合併症が直達切開手術より少ないことが証明されています。また、病変の部位や体型による影響も直達切開手術に比べて少なくなりますが、頚動脈以外の血管の動脈硬化が強い場合は、ステントを頚動脈に誘導できない場合があります。治療成績に関しては、急性期の狭窄の改善については、両者の治療法で十分な改善が期待できます。
当院では個々の患者さんの状態に合わせてどちらの治療が安全で、有効性が高いかを検討し治療方法を選択しています。

CAS(経皮的頚動脈ステント留置術)の手技

ステント留置術は血管撮影室で、脳血管撮影術と同様に行われます。鎮痛剤を静脈注射した後、足の付け根のところに局所麻酔薬を注射して動脈を穿刺し、シースと呼ばれる管を留置します。まずガイドカテーテルと呼ばれる直径3mm程度の管を、頚部の病変の手前まで通します。必要に応じてシースが2本になることもあります。次にこの管の中を通して、手術中に狭窄部から脳に血栓が飛ばないようにブロックするため、風船の付いた細いガイドワイヤーもしくはフィルターデバイスを挿入します。このガイドワイヤーが通せないほど狭窄の程度が強い病変には、病変部の手前で風船を膨らませて血流を遮断して血栓の飛散を防ぐこともあります。ガイドワイヤーが挿入された後、拡張用のバルーン、ステントを挿入し、病変を完全に広げます。ステント拡張後、血栓を完全に吸引除去もしくはフィルターの回収をします。その後ガイドカテーテルを抜去して終了です。
風船を使用した場合、この間約10 ~15分、風船で頚動脈の血流を遮断します。その後ガイドカテーテルを抜去して終了です。手術中および術後約1日間は、血管の中に血栓ができるのを防ぐため血液を固まりにくくする薬を投与します(術直後はステントを留置した部分に血栓が付着しやすいため)。その間は原則として集中治療室での厳重管理をします。手術当日ないし翌日にシースを抜去し穿刺部を止血のため数十分圧迫固定しさらにもう半日から1日間絶対安静(仰向けに寝たまま)になります。その後は状態をみながら徐々に起き上がっていただきます。
手術後の治療効果については、急性期においては直達切開手術と同等の病変部の拡張が期待できます。しかし糖尿病などの内科的合併症の多い患者さんでは、ごく一部に手術後に再度ステント内部に動脈硬化斑が付着し、再狭窄を起こし風船による病変部の再拡張が必要になることがあります。これは、直達切開手術でも同様のことがあります。

CAS(経皮的頚動脈ステント留置術)イメージ01
CAS(経皮的頚動脈ステント留置術)イメージ02

右内頚動脈の高度狭窄(黄色矢印部分)のステント留置術

1.ステント留置前
ステント留置前の血管の状態です。
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2.ステント留置術中
ステント挿入直後、この後バルーンでさらに拡張させます。( フィルター)
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3.ステント留置後
ステントとバルーンにより拡張された血管の状態です。
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風船による後拡張のイメージ
ステント留置後のイメージ

脳ドックのすすめ

当院では平成29年度に、580人の方が脳ドックを受診されました。その中で、脳動脈瘤が見つかり手術に至った方もいらっしゃいます。(手術を受けられた方は全員、社会復帰されています)
当院では予約制で、毎週月曜から金曜の午後に脳ドックを行っています。